「できる人」より「魅力的な人」になる




「できる人」より「魅力的な人」になる

この言葉は、僕が東工大でお世話になった上田紀行先生の言葉です。2015年に発売された「人生の<逃げ場>」という本の小見出しにもなっている言葉で、とても心に残っている言葉です。

僕はこの言葉をようやく自分が納得行く形で咀嚼できた気がしています。そこで同じような状況にいる方に向けて、僕のエピソードを紹介しようと思いました。

他者に認められたいので「できる人」になる、は茨の道

28歳になって初めてこの言葉がストンと落ちた感覚があるのは、まさに「できる人」になろうと自分を追い込んでいたことに気がついたからです。そしてあるキッカケ(後述)によって、その行き着く先はもし「できる人」になれたとしても、幸せではないだろうと気がついてしまったのです。

少し過去を振り返ってみます。よく聞く話として「社会に敷かれたレールを走ってきてふと気がついたら、幸せなんて無かった」というものがあります。そのような人は家庭や親戚からいい大学に行くようプレッシャーをかけられるといった経験が多いようです。

しかし、僕は平凡な家庭の出身なので、有名大学を目指すように言われたことなんて一度も無いですし、というか大学に行ってほしいと言われたことすらありませんでした。学生時代はとても自由に生きており、選択肢を狭められるということはありませんでした。

高校生の時から「自分は特別になければいけない」と思いはじめた

親からのプレッシャーなどはありませんでしたが、高校生のときに人間関係があまりうまく行かず(思春期にありがち)、恋愛に対するトラウマが出来たこともあって、ありのままの自分自身を誰かに受け入れてもらうなんて考えられないと感じるようになりました。

そういった時間を通して自己は肥大化し「他人とは違う特別な能力を持った自分になりたい」という思いが強くなっていきました。自分が他の人に認められず、仲良くなれない理由は自分が「できないヤツ」だからだという思考に変形してしまったのです。

いま思えば本当の原因は、僕が自分から他人に距離をおいていたことにあります。自分から歩み寄らず、自分が特別な人間であれば向こうから来るだろうと思っていたのです。なんという傲慢!

僕は軽音楽部に入っていましたから、他の人よりも一歩飛び抜けた演奏技術を得るため、アルバイトで貯めたお金でギタースクールに通ったり、また高校受験ではいい大学に入ろうと必死に勉強しました。学歴を手に入れて他の人に認めてもらおうと思ったのです。

確かに親からは「勉強しろ」などとは言われませんでしたが、自分自身が「他の人とは違うデキる自分」でないと他の人から認められないと思い込み、自分で自分自身を間違った方向に追い込んでいたのです。

そしてある意味では不幸なことに、自分の実力よりも上のレベルであった東工大にたまたま滑り込めてしまったのです。自分を追い込んだ結果、学歴を得ることは出来ましたが、今思うとこの結果が良かったかどうかは正直分かりません。

大学生になっても状況はあまり変わらなかった

しかし大学に進学すると、自分を認めさせたかった高校の同級生は当然周りに居なくなります。みんなそれぞれの大学に進学して、それぞれ人生を歩んでいくのです。そして、認められたい相手がいないため勉強にも身が入らず、単位取得ギリギリの成績で学年を進めていきます。

そして更に不幸だったのは、東工大には僕より勉強ができたり、面白いことをしている人がたくさんいたことです。「自分は特別でないと認められない」と無意識で思っていた僕は、そのような現実から目をそらしながら、自分の人生について真面目に向き合って考えることもなく逃げ続けていました。

「とりあえず、卒業すればどこかに就職できるだろう」

とボンヤリ考えていたくらいなのです。そして学力という評価軸で特別になれなかった結果としてどうなったのかというと、大学院にも行かず就職もせずにバックパッカーに行く選択をしました。他の人がしないような非常識な計画性のない選択肢を選ぶことで、変で特別なヤツになろうとしたのです。

ただ一言ことわっておきますと、バックパッカーに生きたいという気持ちは本物でした。大学3年生のときにバックパッカーをした経験がある人に出会い、強い興味を持つようになったのです。そんなぶっとんだ世界があるのかと。

バックパッカー&フリーター期間

この期間はとても楽しかったです。なぜならバックパッカーをしているときは、誰かと比較する(される)ような機会が一切無く、自分自身が決めた行き先に自由がままに行けるからです。まさに自分だけの旅、自分の人生を進んでいる気がしていました。

旅で重要なのはその中身です。他の人と移動距離を比較しても意味がないですし、海外の滞在期間を比較しても意味がないのです。旅というのは自分の選択で移動を行い、自分しか体験できないことをしていくという比較不可能なものです。それが旅の素晴らしいところだと僕は考えています。

またフリーター期間はコンビニでアルバイトをしていましたが、これも楽しかったです。自分より年下の未来ある高校生や、逆に子育てが一段落した主婦の方など、働いている人が多様すぎて何かを「比べる」のもバカバカしくなるからです。

子供を育てるというご立派な経験をされた主婦の方と学力の比較をしても意味がないですし、勉強や部活に励む高校生と貯金額を比べても全くの意味がないのです。それが多様な人がいる職場の魅力だと思います。自分は自分でいい。

よくよく考えてみると、大学の学部というのは同じ年代の人が同じことを学び、同じテストを受けて点数を出すという非常に同質的な環境です。そうすると、差がでるのは「テストの点数」とか「先生からの評価」になってしまう訳ですよね。

ずっと同質的な環境にいた自分にとって、多様な人が集まるコンビニという場所は働いていてとても楽しいものだったのです。僕はこの期間で初めて自由に自分が決めた人生を歩む素晴らしさを実感しました。

就職活動をはじめてみる

しかし「就活」とは向き合わなければいけませんでした。大学卒業して2年間はフリータをしていましたが、さすがに20代後半になる前に、スキルの積み上げができる正社員として働く必要があると思ったのです。

しかし就職活動の場は、自由な旅やコンビニのような場所とは違って、均質的で集団主義的でした。挨拶の仕方は細かいところまでマニュアルで指南されていて、みんなと同じようなスーツを来て面接に行き、どこに行っても同じようなことを聞かれるという状況です。

世の中にはたくさん会社があるのに、どの会社に行っても面接の進め方や聞いてくることがほとんど同じことに、本当にうんざりしました。そして就活をしていると集団面接もありますし、個別面接でも他の就活生と「比較」されていることを嫌でも感じるわけです。これがまた地獄でした。

せっかく人と比べることがほぼ無くなったにも関わらず、就活を通して他人と比較する癖が復活してしまったのです。

「自分は他の就活生みたいに新卒ではなく既卒だから不利なのかな」
「自分の経験は、サークルを立ち上げた他の人の経験と比べると対して評価されなさそうだな」

といった感じです。そして色々と要因は思い当たるのですが、採用面接のお断りが続いた中で「自分が特別じゃないから、既卒で就職活動しても断られるんだ。特別な才能があれば通るはずなのに」と思うようになりました。

3月に就活をはじめて8月くらいになった頃、もう就活をやめようと思っていました。均質的な雰囲気の面談が続き、そもそも会社員として働きたいというモチベーションもほぼゼロになってしまいました。

しかし奇跡的にやめようと思ったまさにそのとき、自分が面白いと思える企業(正確には人事の担当)と出会い、偶然にも内定が出たのです。

就職をしてから

無事就職が出来たわけですが、学生時代にこじらせた「自分はデキる人として頑張らないと認められない」という思いが就職活動で復活し、就職後も響いていた気がします。同期はとてもいい人ばかりでみんな好きですが、心のどこかで負けたくないと思っていた面があります(それはそれで大事なことですが)。

そして入社して1年ほど経ったときに、仕事に楽しさを見いだせなくなってワーキングホリデーに行くことを決意しました。結局、出戻りという形で帰国後に再入社して、いままでウェブエンジニアとして働いています。

ウェブエンジニアというのは専門職ですから誰もができるわけではありません。そのため「自分は他の人に出来ないことをデキる人でないといけない」という思いにも沿っており自分に向いていると思いました。

しかし専門職の世界は天才レベルがうようよいますから、上を見ればキリがありません。他人と比較してしまう癖が復活した僕は、どうすれば自分が特別になれるかをまた考えるようになりました。

10代からプログラミングをしている人がザラにいる中、自分は25歳からです。普通にやってて彼らを抜けるわけないんですよね。そこで出した結論が、、、大学院に進学することです。働きながら。

研究というのは他の人がやっていないが、価値あるテーマを見つけて知を発見する試みですから、博士号まで取れば特別な存在になれると思ったんですね。もうここまでいくと行き過ぎですね。

しかし、つい最近(2021年3月)まで本気で目指していました。このときすでに28歳。高校生のときから長い期間に渡って、人から認められたい思いによって自分を追い詰めていたのです。

このように人から認められたいという思いで「デキる人」を目指すのは茨の道ですし、デキる人になれても認められることはありません。もし認められたとしても、それは条件付きの愛であってひどく脆いものです。

例えば仕事に人生をかけていたとしても、ある日突然病気になっていまの仕事ができなくなることなんて誰にも起こりえます。しかし、例え病気になったとしても「魅力的な人」は魅力的な人のままなんです。

このブログを読んでくれている方の中で「デキる人」にならなきゃと思っている人がいれば、ぜひ「魅力的な人」になるように人生を進めていってもらえればと思います。

京都旅行で偶然によって気付かされた「自分の心」

そのような呪縛に長い間苦しんでいた状態でしたが、2021年4月(28歳のとき)に行った京都旅行で偶然の出会いがありました。

大徳寺というお寺の拝観に行った時、ちょうどお寺で働いているスタッフの方が庭のツアーを始めるところでした。そのとき桜の季節でしたが拝観者は5人もいないような状態でしたので、僕ともうひとりの方の2人でスタッフに庭を案内していただくことにしました。

拝観を一通り終えたところでしたので、正直誘われたときは断ることも考えました。しかし一人旅で時間に融通が効きますから、これもご縁かなと思い参加することにしたのです。

そして、一通りお寺の案内を終えたときにスタッフの方が行った言葉が以下でした。

当住職は「最近の若い人は自分の心がわかっていない」とよくおっしゃっています

この言葉がどこか心に残り、ずっと反芻していました。そして、気持ちを整理するために出町柳駅に向かい鴨川に座って考え事をしてみたのです。

旅行中に、楽しそうに歩く大学生やカップルを見たときの気持ちを素直に見つめてみると、そこにあったのは「寂しさ」でした。そして、その寂しさを埋めるため、つまり他人に認めてもらうために何者かになろうともがいている自分に気が付きました。

実は本当に自分に必要なことは特定の能力を身につけることではなく、これまで拒絶していた人とのつながりを今からでも作り直し、ありのままの自分を受け入れてくれるような人を見つけることだと分かったのです。

恐らく、このまま院に進んだとしたら壊れていた気がしています。だって、働きながら研究をするというだけで超絶ハードワークで、授業料もかかってお金がギリギリの中、誰からも認められずもがいているという状況は地獄そのものであると思うのです。

結局のところ、自分が特別な何者かになるよりも先に、自分の孤独を埋めるための人間関係を努力して作っていくほうが先だと気がついたのです。そして、この寂しさや人から認められたいという気持ちが薄まったときに研究をしたいと思えば、その気持ちは本物でしょうから院試を受ければいいと思ったのです。

「デキる人」ではなく「魅力的な人」になる

では、この人素敵だなと受け入れてもらうためには何が必要なのでしょうか?これがまさに「魅力的な人」だと分かったのです。ここでストンと自分の中でこの言葉の意味が分かりました。

自分がどのような人とつながりたいと思うか?それを考えてみるとすぐに分かったのです。

成績優秀で博士課程に進み、一流企業に入って高収入…といった人も良いですが、急にアフリカを横断したくなって正社員の仕事をやめて旅を始めた人や、和菓子が好きで和菓子屋をはじめたけれど上手く行かず潰してしまった、といった人も僕は強く魅力を感じます。

魅力的な人になるには特殊な技能を持っているとか、お金をたくさん持っているというとかそういうことではないのです。自分のオリジナルの人生を生きて、情熱を注げるものにリスクを恐れず飛び込んでいったり、素直にやりたいことをやる人のことを指すのだと思います。

そんな子供のようなことを出来る人こそが、魅力的な人だと僕は思うようになりました。「デキる人」というのは、上をいくらみてもキリがありません。学力、仕事の処理速度、年収、なんていうのは測定できる一元的な指標でしかありません。

しかし、魅力的な人というのは測定できる指標がそもそもないので、指標なんて気にせずに、また人と比較せずに自分の人生を歩めます。

自分のことは実は全然理解できていないのだなと、偶然のご縁によって気が付かされたのです。他人と比較をしすぎて苦しんでいる方に、ぜひ届けたい言葉です。

「デキる人」より「魅力的な人」になる