【コラム】近代科学によって僕ら人類の価値観はどのように変わったか(その2)




こちらの記事の続きになります。

【コラム】近代科学によって僕ら人類の価値観はどのように変わったか(その1)

2019年7月30日

古代ギリシャのスコラ哲学とデカルト・ベーコンの関係

デカルトとベーコンについて引き続き書いていきます。

ルネ・デカルト(仏: René Descartes、1596年3月31日 – 1650年2月11日)は、フランス生まれの哲学者、数学者。 合理主義哲学の祖であり、近世哲学の祖として知られる。

wikipedia「ルネ・デカルト」より

初代セント・オールバンズ子爵フランシス・ベーコン(英: Francis Bacon, 1st Viscount St Alban, PC, QC、1561年1月22日 – 1626年4月9日)は、イギリスの哲学者、神学者、法学者、政治家、貴族である。イングランド近世(ルネサンス期、テューダー朝(エリザベス朝)からステュアート朝)の人物。

wikipedia「フランシス・ベーコン(哲学者)」より

近代科学のはじまりとなった思想は、古代ギリシャのプラトンやアリストテレスらが起源となっています。プラトンは、真理にたどり着くためには純粋に理性を研ぎ澄ませることが必要であると説きました。一方で、アリストテレスは外界からデータを収集して一般化・分析することによって真理へ導かれると考えました。

前者のプラトン的思想は後のデカルトに引き継がれ、後者のアリストテレス的思考はベーコンへと受け継がれます。しかし、純粋に受け継がれたかと言えばそうではありませんでした。そもそも、中世のルネサンス期以降は古代ギリシャの哲学に対して批判を行う立場にあり、デカルトやベーコンもそのうちの一人でした。

例えば、プラトンやアリストテレスのような方法は自然に対してあまりにも受動的すぎるということが言われてきました。ただ自然で起こることを受動的に観察したり、内省的になるだけでは真理にたどり着けないと考えたのです。

デカルトは、古代ギリシャのスコラ哲学の空虚さを嘆きました。そのため、哲学に対する思考体型を1から作り直そうとしただけではなく、懐疑的なものがひとつでもあってはいけないという厳密さを求めるようになったのです。そして前提を疑い続けた結果として、コギト・エルゴ・スム(我思う故に我あり)、つまり今思考している自分の存在以外を証明することは不可能であるという寒々とした結論に至りました。

ベーコンは真理にたどり着く上で、自然に対して積極的にアプローチしていくべきだと考えました。例えば、人間は追い込まれた時にその本性が見えるように、自然に対しても人工的な環境をつくりだすなど追い込んでいくことで真理を吐き出すだろうと考えたのです。これがいわゆるベーコンの経験論と言われるもので、すこしずつ経験を積むことで真理にたどり着けるだろう、という思想です。

ガリレオによる哲学とテクノロジーの融合

ガリレオ・ガリレイ(伊: Galileo Galilei、ユリウス暦1564年2月15日 – グレゴリオ暦1642年1月8日)は、イタリアの物理学者、天文学者、哲学者。パドヴァ大学教授。ロジャー・ベーコンとともに科学的手法の開拓者の一人として知られており、その業績から天文学の父と称された。

wikipedia「ガリレオ・ガリレイ」

ルネサンス期以前のヨーロッパでは、哲学などを修める学者に比べて技術を扱う職人はどちらかといえば下の立場でした。それぞれは互いに棲み分けていて、実は交わることがなかったのです。そのような棲み分けの流れを止めたのがガリレオでした。

ガリレオはヴェネチアの兵器工場で大砲の弾道計算を行う学者でありました。しかし学者でありながら、よく一緒にいる友人は職人の人が多く、学者と職人の中間のような立場にいた珍しい人だったのです。兵器の開発というのは学者的な視点だけでなくものづくりの視点も必要になります。そのため、哲学(原理)の探求と技術(テクノロジー)の融合を起こしやすい立場にいたのです。

例えば、今となっては物体を投げると水平方向と垂直方向の運動量ベクトルが合成されることで放物線を描いて飛ぶことが知られています。一方で、古代ギリシャでは強制運動と自然運動という2つの力が存在していると考えられていました。

強制運動とは人の力でものを投げることによる運動。自然運動とは自然が行う運動(いわゆる重力)。この2つによって物体は非連続的に軌跡を描くと考えられていました。なめらかな放物線ではなく、強制運動によって上昇してから、自然運動によって垂直に落ちる軌跡をイメージしてください。

非連続的、というのは今の人にとってはあまりに滑稽に思えるかもしれません。しかしそれは学校で当然のように習っているからなのです。僕らは自然をよく見ているようで全然見ていないのです。例えば、ボールなどを手に持って床に落としてみてください。果たしてボールが徐々に加速されていると目視で認識できるでしょうか?

また、ボールを空高く投げてみた時に、本当にそれが放物線を描いていると分かるでしょうか。直線的に上昇した後、垂直に落ちてくるように感じることもあるはずです。空気抵抗があれば、もしかしたら運動は非連続的かもしれないと思っても不思議ではありません。

しかしガリレオは物体の軌跡は放物線であると思ったことから、自分で装置をつくり実験したことで解明しました。テーブルの上に三角形の物体を起き、さまざまな高さから転がし、床の上に落として位置を計測したのです。重要なポイントはここに詰まっています。

技術を使って実験し、データを集めて分析する

ひとつめに重要なのは、技術を活用することで新しい知を生み出そうとしたこと。そしてもうひとつはデータという外界からの情報を用いて一般化したことです。これはルネサンス期以前には無かった思考です。つまり、前者は外界を積極的に操作して真理に近づいていく点、後者は数学を用いて自然を記述するという点です。

このガリレオの独自の発想によってルネサンス期は幕を開けることとなりました。ガリレオと言えばピザの斜塔が有名ですが、より注目されるべき功績は、古代ギリシャのスコラ哲学的発想から、近代科学的な発想へとパラダイムを転換させるきっかけになった、という点にあるのです。