【ドイツ】有名なベルリンの壁に行ってみた。現在はアートギャラリーになっている




ベルリンと聞くと、おそらく多くの人はベルリンの壁を思い浮かべるのではないでしょうか。アメリカとソ連の冷戦の象徴であるベルリンの壁は、世界的にも有名です。

ちょうど来年(2019年)で崩壊から30年になるベルリンの壁ですが、いまはどうなっているのでしょうか?それを現地レポートしてきました。

ベルリンの壁とは

一度ベルリンの壁についておさらいです。

第二次世界大戦ではドイツは日本と同じく敗戦国に属しており、戦争の結果、同じ国の中でも西陣営の西ドイツと、東陣営の東ドイツに分裂してしまいました。

西陣営とは資本主義であるアメリカ、フランス、イギリスなど、東陣営とは社会主義であるソ連を指しており、首都ベルリンは地理的には東ドイツに属していました。

しかしベルリンという街は特殊で、街全体が東陣営に属するのではなく、ベルリンの中でもさらに西陣営と東陣営に分かれることになってしまったのです。簡単な図で書くとこんな感じです。

概略図

そう、西ベルリンは飛び地、あるいは陸の孤島とでもいうべき状態だったんです。

さて、西側は資本主義・東は社会主義と書きましたが、資本主義の西側の方が東側よりもどんどん豊かになっていく一方、東側はどんどん貧しくなっていきました。

すると何が起こるかと言うと、東ベルリン・東ドイツから西ベルリンへの移住です。実はベルリンが東西で別れた当初は、西側と東側を自由に行き来できるようになっていたので、東側の人口が西ベルリンに流出し始めていったのです。

そこで誕生したのが、ベルリンの壁。高さ3mほどの有刺鉄線が張られた壁によって、東ベルリンの人が西ベルリンに移住できないように西ベルリンをぐるっと囲ったのです。

現在のベルリンの壁

西ベルリンを囲むように作られたベルリンの壁は、現在ほとんど取り壊されているものの一部は負の遺産として残されています。そのひとつとして、イーストサイドギャラリーという名前でOstbahnhof駅からWarschauer Straße駅の間に並んでいます。

ギャラリー、と名前がついているくらいなので壁にはぎっしりと絵が書かれています。実際に壁の近くに行ってみると、そこまで高い壁のようには感じませんでした。

しかし、当時は有刺鉄線が張られていたり警備員が厳しく見張っていたりと、人々の人生を変えてしまった歴史的な壁なんですね。当時は近づくことさえ禁止されていて、近くで遊んでいた子供が処刑されてしまったなんてこともあったみたいです。

壁は1キロメートル以上続いており、イラストがびっしりと書かれています。

もはやただのラクガキにしか見えないような内容もたくさん書かれていました。ベルリンの数少ない観光スポットとして、色々な国籍の人がここを訪れて写真を撮るなどしていました。

Warschauer Straße駅側には壁博物館があり、いくつかの展示を見れるそうです。(ただ、GoogleMapでは低評価のコメントが多かったです)

今のベルリン

いまのベルリンは非常にインターナショナルになっていますが、未だに元東側に足を踏み入れたことがない西側の住民もいるようです。ベルリンの壁が崩壊したのがおよそ30年前なので、例えばいま60歳の人は30歳のときに壁が壊れたことになります。

大昔の出来事のようですが、今もまだ足跡を残していると感じる点もあり、例えば元西側はキレイでゆったりとした雰囲気がある一方、元東側は開発が急激に進みどこも工事を行っていたり、どこかボロさを感じます。

実際に来てみることで、街の人の雰囲気だったり、現地の気候だったりを自分の肌で感じるということが、歴史の理解を深めることにつながる気がしました。