就活は茶番だと社会人になった今でも思う理由5つ




就活はくだらない茶番だと、僕は社会人になった今でも思います。就活をしたことがある人や社会人ならほとんどの人が感じていると思いますが、日本の組織では「これまでもそうしてきたから」という思考停止や、既得権益という日本特有の害悪が潜んでいるのです。

実体験を言うと、僕は新卒の就活でやはり苦しい思いをしていました。就職したら二度と使わない真っ黒のスーツを買わされて、手書きのエントリーシートを書かせるクソみたいな企業の数々。何度も何度も同じ企業の面接に行き、挙句の果てには「お祈りしております」という無機質で顔の無いテンプレートメールを一方的に送りつけられる。

お祈りメールさえ送ってこない企業もありましたね。これはメンタルが弱い人や自己肯定感が低い人は自殺するだろうなと思いましたし、今でも思っています。実際人が死んでいます。

僕は自分に根拠がない自信があるので、「自分を落とす会社がクソなんだ」とか「こんなクソみたいな方法でしか採用できないって、日本人頭悪すぎでしょ」とメンタルを保っていましたが、それでもお祈りメールが来たときはそれなりにつらかったです。

街を歩く就活生たちは、友達といたとしても楽しそうな様子ではありません。ごく一部、就活を楽しめるような人種はいるようですが、大半の人にとって就職活動は窮屈で・辛く・手間がかかるものなのです。

当時は「本当にエントリーシートとか面接って役に立つの?」という思いでいっぱいでした。そして残念なことに、社会人になってもエントリーシートや面接が茶番であるという考えは変わりませんでした。

目次

就活で茶番だと思う理由

エントリーシートを手書き(笑)

未だにエントリーシートを手で書かせる糞のような企業があるようですが、全くもって理解することができません。彼らの言い分は、文字の筆圧や文字の綺麗さによって応募者の情熱を見るというものですが、筆圧を高くするなど意識すれば猿にだってできるし、文字の綺麗さはやる気や能力と関係ありません。

彼らの本心はこういった理不尽に耐えられる思考停止人間が欲しいというものなのです。エントリーシートで一番大切なのは書かれている内容であり、読みやすさなのです。そして一番均質的で読みやすい文字というのは当然パソコンで書いた文字です。

愛する人に気持ちを伝える手紙を書くのであればまだしも、 書いてある中身を重視するエントリーシートを手書きで書かせるメリットはほぼありません。強いて言うのであれば、先ほど書いたように思考停止人間を採用しやすいということでしょうか。

就活生も企業側も同じような質問しかしない

僕が就職活動していて一番驚愕したのが、就活生も企業側も質問の内容がテンプレート化しているということです。まさに日本型の詰め込み教育を彷彿とさせる頭の悪い方法です。 お互いする質問される質問が決まっているので準備をします。お互いに準備をするので相手の質問に対していい事ばかり話すことが可能になります。

もちろん面接ではお互いの本質的な姿など全く見えず、ミスマッチが発生します。このようなテンプレート化した面接を茶番と呼ばずに何というのでしょうマナー講師(笑)や就活マッチング企業からは、福利厚生や給料の話はなるべくしてはいけないというある種の洗脳を受け、結局何も分からずに面接を終えるのです。

「就活はお見合いと同じ」は綺麗事で、実際は企業の方が圧倒的に強い

よく就職活動はお見合いと同じだと言われていますがこれは綺麗事です。 実際の就職活動においては企業側の方が圧倒的に強い関係となっています。就職活動をしている人たちは、就職先が決まらないと「社会に必要とされていない」といった感情を抱き自己肯定感が低くなってしまうし、そもそも生活することも困難になってしまいます。

しかし、採用担当の人は予定人数を集められなかったとしても、 上司に怒られたりボーナスが減るといったことだけで済むでしょう。生活できなくなってしまうこともないし、採用者に選考辞退されたとしてもメンタルが傷つくことはありません。 なぜならば選考辞退した人は採用担当である自分自身を拒んだのではなく、会社という組織を選ばなかっただけなのですから。

そして面接の場においても力関係は圧倒的に企業の方が上の立場にあり、 採用担当者がしたい質問やあらかじめ決められた流れに沿って面接が進められていきます。面接を受ける側の人は、自由なタイミングで質問をすることを許されていないし、どれだけ語りたいことがあっても短く簡潔に答えなければいけないのです。

就職活動で自殺をしてしまう就活生はいますが、採用に失敗したからといって自殺をした人事の人がいるでしょうか。この事実からもわかる通り、就職活動というのは就活生よりも企業の方が圧倒的に有利な立場にあるのです。

個性を求められながら個性を殺される

日本は資本主義社会の国と言われていますが、就職活動というこれほど社会主義の雰囲気の持った場はないでしょう。表面上は個性というものを出せと言われながら、スーツや髪型、面接の質問などは全て同じ。就職活動をする様子はまさに独裁的な社会主義国家のような様相を感じます。

世の中を大きく変えてきたような人たちは、世の中の多くの人たちが行っていないことをしたからこそ、イノベーションを起こすことができたのです。周りの人に合わせて行動ができる人は、 やるべきことがしっかりと決まっている状況においては力を発揮しますが、今の時代やるべきことなんて常に変わっていくし、周りと同じことをするだけというのは価値がなくなっていく時代です。

当然チームとしてまとまっていくための人間性や性格は最低限必要ですが、それは周りと同じことをするという意味とは全く異なります。日本の企業が今の時代にパッとしないのも、 周りの(海外の)チャレンジャーが行ったことをただ真似したり、ちょっと改良をしたりすることしかできないからではないでしょうか。

そういえば、勉強のためにシリコンバレーを訪れる大企業の人たちは、現地で働く人に対してどのような事例があるか、どのようなアイディアがあるかをまず聞くそうです。僕も Web マーケティングを担当していた時に思っていましたが、とりあえず何らかの事例を知りたいという人はあまりにも多すぎます。

これは日本型の詰め込み教育の結果だと思っていて、うまくいっているものを真似するというのは学ぶ過程では非常に大事なのですが、自分の頭を使わずに周りの真似してなんとかうまくやってやろうという思考停止のようなものを感じざるを得ません。

そもそも多くの新卒が3年以内に退職している

上で述べた面倒くさいエントリーシートや面接が、ミスマッチの防止に役立っていれば良いのですが残念ながらそうではありません。この手間がちゃんとしたマッチングに繋がればいいのですが、日本では多くの新卒が3年以内に退職しており、その割合はおよそ30%前後というデータが出ています。

厚生労働省のHPより「新規学卒者の離職状況

つまり、手間をかけて就活したとしてもブラック企業に入ってしまう学生はいるし 、ミスマッチも当たり前に起きているということです。

就職活動にうまくいかなくてもいい

ここまで書いてきたように、そもそも就職活動というのは茶番なのでうまくいかなくても悩むことはありません。よく考えてみてください。スティーブ・ジョブズや孫正義が就活をしたらどうなるでしょうか。きっとお祈りメールを送られまくるに違いありません。

僕が見てきた中でも日本の就職活動には親和性がある人が一定数いますが、親和性がなくても活躍している人は多く存在します。いわゆるステレオタイプ的な就活をする企業は大企業や古い企業に多いので、新しいことをしたいとか、他の人と違うことをしたい、と考えている人は中小企業やベンチャー企業が向いていると思います。そもそも起業するのも全然ありですね。

人事は人をみるプロだ、なんて言う人もいますが、実際はミスマッチも起きまくっています。あなたの人間性や能力をしっかり理解した上で落としたわけではないですし、いくら優秀でも社風に合わないからという理由で当たり前に落とします。その方がお互い不幸になりませんからね。

人事は本当の自分を見れているわけではないし、落ちたことで社風とのミスマッチを防げたくらいに軽く考えるのがいいと思うのです。それは離職率のデータからも客観的にわかるでしょう。

就職活動がうまくいかないからといって、自分を卑下したり悲しむ必要はまったくありませんよ。