【コラム】デジタル最盛期に敢えて「紙」の本を読む理由




身の回りのものが次々とデジタル化されていく中で、電子書籍というものが登場してきました。

一昔前は、本といえば図書館や本屋で入手して読むものという認識でしたが、インターネットで電子書籍という形で手に入るようになったことで、より簡単に手軽にアクセスして読めるものになりました。

しかし、そんなデジタル最盛期の現在にあたっても、いまだ紙の本が好きという人も多く(私もその一人です)、本は紙のものを買っているという人も多いのではないでしょうか。

そこでこの記事では、なぜ僕が「紙」の本を好んで読んでいるのかについてまとめていこうと思います。

「紙」の本の魅力とは?

知的好奇心や自信が満たされやすい

紙の本はフィジカルに存在するものですから、部屋に置くとかさばります。逆に言えば、自分がどのくらい本を読んだか、視覚的に感じることができますし、手に持てば重みを感じることができます。

知的好奇心がある人は、さまざまな知識に触れていたいという感覚を持っているので、物理的な本をそばに置いておくことは深い満足感につながりやすいです。

また、読んでいない本を並べておくと「どのような新しいことを知れるんだろう」というワクワク感を得ることができます。電子書籍と紙の本で最も異なる点は、自分が意図しないタイミングで目に入るかどうかではないでしょうか。

電子書籍の場合、本の一覧を見るにはiPadやiPhoneなどのアプリケーションを能動的に開かなければいけません。一方で紙の本というのは部屋においておけば読書をするタイミング以外でも自然と目に入るので、生活の中で本という知識を象徴する存在を感じる機会が増えるのです。

使い込むことができる

また、紙の本は読んでいくうちに色が変化したり、文字がすり減ったりしていきます。この使い込んだ感じの本が非常に味が出て好きです。学生の頃を思い出してみると、何度も読み返してボロボロになった単語帳や参考書を見るのが至福でした。

野球選手で使い込んだグローブやバットであったり、カメラマンであれば使い込んだカメラであったり、何かを使い込む感覚、道具に魂を感じるような感覚というのは紙の本ならではであると思います。

電子書籍は電子データですから、劣化しません。これはメリットでもあるのですが、本に関してはデメリットとも言えそうです。

手触りや音を感じることができる

紙の本には手触りや音を感じることができます。表紙の紙の感覚や、ページを捲ったときの音といったものが五感を刺激してくるのです。

文字が発明されてから人間の五感のうち視覚がよく使われるようになりました。しかし、聴覚や触覚というのも生物として極めて重要なものであり、電子書籍ではそれをなかなか感じることができません。

本というのは、ただ情報を脳に入れるだけのものではないというのが僕の持論です。本というのは、情報をインプットするだけではなく、手にとって、ページを捲って、本自体の質量を感じることで感覚を整える、そのような肉体的な体験のためのツールにもなりうるのです。

認知負荷が低い

また、紙の本ではパラパラとページをめくることでおおよその話の流れをつかむこともできますし、見出しを手早く探すことも簡単にできます。

電子書籍でも単語検索機能などがありますが、その機能を利用するための認知負荷は高いように思います。要するに、脳みそをしっかり使わないと検索機能を使うことができないのです。

電子書籍はディスプレイ面積が限られている分、複雑なことをやろうとするとボタンなどを操作しなければいけません。例えば次の章を見ようとしたときは、見出しの画面を出して操作をしたり、目次に戻ってリンクを探してクリック(タップ)しないといけません。

これは紙の本に比べると大変な負担が脳にかかり疲れてしまいます。紙の本であれば、「ページを捲る」と「目を動かす」というこの2つだけで、認知的な負荷がなく検索や俯瞰を行えるのが大変良い点だと思います。

「本」とは自分にとって何なのか

紙にも電子書籍にもそれぞれメリット・デメリットはあります。重要なのは「本」が自分にとってどのようなものであるのかを考えることではないでしょうか。

僕にとって「本」とは、ただ情報を得るだけのものではありません(もちろん一番の理由はそれですが)。本を読むことで知的好奇心を満たしたり、自分はこの本を完読したという自信をつけるためであったり、使い込むことで本と一体感を得ることによる満足を感じると言ったこともあるのです。

一方で海外を旅していたときは電子書籍の素晴らしさに気が付きました。バックパックを担いでいたので、ガイドブックなど重い本を持っていくのは非常に負担が重かったのです。結局はケースバイケース、ひとりひとりの本に対する捉え方によるのかなと思いました。