【PSYCHO-PASS】コンピューターが人々を管理する社会の予兆(後半)




この記事は「【PSYCHO-PASS】コンピューターが人々を管理する社会の予兆(前半)」の続きです。

【PSYCHO-PASS】コンピューターが人々を管理する社会の予兆(前半)

2019年7月18日

目次

意志を持たない人は人として生きていると言えるのか

アニメPSYCHO-PASSには、槙島聖護という適役が出現します。槙島聖護はシビュラシステム、つまり全知全能のコンピューターを持ってしても、犯罪係数を測定できない異常な体質の持ち主です。本来であれば殺意を持った時点で犯罪係数が上がり処罰を受けます。しかし槙島聖護はたとえ人を殺したとしても犯罪係数が上がらないのです。

この槙島聖護が発した言葉が「意志を持たない人は人として生きていると言えるのか」という言葉です。この問いは疑問形に見えますが、反語になっています。つまり、自分の意志で行動し決断することこそが人らしい、という思想の持ち主なのです。僕はこの考えに大きく共感しています。

現代においても重要視されるべきテーゼである

「意志を持って主体的に生きる」ということは、特に日本における最も重要な問いであると考えています。全知全能のコンピューターはまだ無いものの、僕らは周りの目や上下関係に縛られて生きています。例えば、ブラック企業に入ってしまえば自分の意志は関係なく命令されたものをひたすらこなす機械のような人生になっていきます。

すべての大企業ではありませんが、大企業病にかかっている会社の話もよく耳にします。大企業というマネタイズエンジンがすでにシステム化されており、社員は上から降りてきた仕事をただこなしていればいい。大企業は福利厚生や給料が良いですから、経済的には恵まれている立場でしょう。

しかし自分の意志を殺し、言うことを従順に聞く人生に疑問を感じている人も多いのではないでしょうか。確かに上司の言うことを聞いていれば出世はするし給料が上がる。大企業で生き延びる最適解であると言えるでしょう。これはコンピューターがほとんどのことを決めるシビュラシステムと似ています。

その他にも、なんとなく高校に進学してなんとなく大学に進学してというように、我々の社会は多様性が低く一元的です。そのため、自分の意志を問われることが極端に少なく、自分の意志で行動する人が少ないのがこの国なのです。経済が伸びていた時代は未来に希望が持てたのでそれでもよかったかもしれません。

しかし今はそのような希望さえない状態で、しかも自分の意志を殺され続けているので、毎日たくさんの人がイライラしたり自殺したりしているのです。特にブラック企業だと思考停止状態になるのでまさに生きる屍です。ブラック企業批判が頻繁に起こる世の中になって本当に良かったと安堵しています。

とりあえずやっておくべきこともあるので注意

僕は前提として、人はなるべく自分の意志に基づいて決断し行動することで、より満足した人生を送れていると考えています。しかし、一方でとりあえずやっておいたほうが良いこともあると思っています。

つまり、すべてを自分で決めたりすべてを他人に決めてもらうという極端な二項対立に落ちるのではなく、ちょうどバランスが良いところに落とし込むのがベストだと思うのです。とりあえずやっておくべきだと思うのは勉強です。

子供の習い事やスポーツ、勉強というのは将来に向けて行うものです。そして、子供の視座ではそれらがどのくらい役に立つものなのかが分かりません。それも当然です。

子供は仕事をしたことが無いので勉強がどのように仕事に生きてくるか分かりません。子供は代謝がよく生命力があるので、歳を取ってからスポーツが健康にとってどれほど重要か分かりません。逆に言えば、大人が「勉強すると良いことがあるよ」「スポーツは大事だよ」と言ったとしても、子供の視座では想像できても体感として理解できないのです。

勉強は大事だと実感している社会人3年目

僕も当然、学生の頃は勉強がどのように役立つか分かりませんでした。しかし最近はようやく分かってきました。ちなみに僕はITエンジニアです。主要5科目について簡単に有用性を紹介したいと思います。

国語はすべての基本です。ホワイトカラーになると大量の文章を読む必要があります。社内メールや契約書、あるいは技術書などです。また、こうしてブログを書いて情報発信したり、提案資料を作ったり、チームで情報交換するなど非常に国語力が問われます。

国語とは作者の言いたいことを答えることである、というのは全くのデタラメです。本質的には、文章を全体的の流れ俯瞰しつつロジックがどのようにつながっているかを把握したり、あるいは構成する力であると考えます。国語は文系と言われますが、実は数学とよく似ているのです。

数学はすべての技術の基本です。僕はエンジニアなので当然毎日使いますが、技術に囲まれた世界に生きている私達にとって重要です。なぜなら、身の回りの製品がどのように動いているのか、少しでも分からないとその凄さもわからないし、新しいものを生み出せないからです。

例えば、AIが人類を滅ぼすと言っている人は情報に疎いか数学ができません。最近盛り上がっているAIは、微分による統計最適化問題をコンピューターで解いているだけです(もちろんそこには人類の叡智が含まれていますが)。

ディープラーニング(AIのジャンル)では損失関数というものを定義します。これは最適解に近づくほど小さくなるような関数です。この損失関数がなるべく小さくポイントを探していく際に微分を使うのです。微分というのは、関数の接線の傾きを見つける計算でした。

ということは、ある点において接戦の傾きがマイナスであれば、正の方向に進めば値が小さくなるし、傾きがプラスであれば負の方向に進めば値が小さくなります。このように、微分を利用して損失関数が小さくなるポイントを探すことで、統計的な予測を行うことが出来るのです。

これを知っていれば、AIが感情を持って反逆してくるというのは考えにくいとすぐに気が付きます。知識がない人はすぐに騙されるので、詐欺師に狙われてしまいます。(水素水とかマイナスイオンとか)

英語は、いわずもがな。世界の最先端の情報は英語です。エンジニアの世界は英語が公用語です。

社会はもちろん大事です。経済の仕組みを知らずにビジネスは出来ません。研究者であっても研究費用をどのように捻出するかを考えなければいけません。現代に生きている限り、お金の勉強は必ずしないといけません。

起業して人を導くにはビジョンが必要です。そしてビジョンには倫理や哲学がなければ説得力をもちません。そもそも自分はなぜその社会課題を解決したいのか、本当に正しいことなのか、そのようなことを倫理と哲学で考え続けなければ誰も共感してくれないものです。

歴史も重要です。特に近代史は新規事業で役に立ちます。なぜならば自分たちの新しい商品がどのような歴史的意味を持っているのかを明確にしなければいけないからです。例えば「過労死が悪化している現代だからこそ〜」といった文脈をつけてこそ人々に受け入れられます。

そして「何故過労死がこんなに多いのか?」という点を文化的背景から仮説を説明できると説得力がさらに増します。そもそも島国であり閉鎖的な環境であったから、上下関係を気にしすぎてしまうとか、地理的・歴史的にいまの社会問題を文脈付けて語ることが重要なのです。

最後に理科です。理科も重要です。当然テクノロジーには理科が根本的に使われています。コンピューターももちろんそうです。これからはコンピューターが環境に溶け込んだ世界がやってきます。そのコンピューターについて何も知らない状態で生きていくことは弱者になるということと同義の世界が近づいています。

あなたはいま自分の意志で生きているか

果たしてあなたの生き方を決めているのは誰でしょうか。自分でしょうか。親でしょうか。婚約者でしょうか。会社でしょうか。

これらの人はすべて密接に関わり合い、関係性の中で自分の人生が決まっていきます。だから単純に「自分の意志で生きろ」という話ではありません。自分というものを考えると必ず他者が存在します。ここで重要なのは、自分の意志で生きているかを確認し続けることだと思うのです。

「親が言ったから」「みんながそうだから」といった理由で決断をする癖が付いていると、幸せにはなれません。そして今後は「コンピューターがそう指示したから」という言い方も出てくるでしょう。

自分の人生の主導権は誰が握っているのか。今の状態で幸せになれるのか。それをもう一度考え直すことがより重要になっていく時代なのです。