自分が納得できる「いい写真」を撮るための方法について

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スマホが普及したことで、誰でも簡単に写真を撮ることが出来るようになりました。最初はどこかに出掛けたときの「記録用」として写真を撮っていたけれど、徐々に人を唸らせるような「良い写真」を撮りたいと思うようになった人も多いのではないでしょうか。

何が「良い写真」かについては明確な答えがある訳ではなく、延々と多くの人によって議論され続けています。なので、ここでは厳密に定義はしませんが、少なくとも良い写真と言えるものは「自分が良いと思える」ということが必須の条件であると思います。

そこで、まずは第1段階として自分が「良い!」と思える、納得できる写真を撮るためにはどうすればいいか。僕が普段活用しているコツについて紹介していきたいと思います。

被写体の好きな部分を明確にする

シャッターを切る以上、被写体に対して何かしら良いと思うポイントや、心が動かされるポイントがあったのだと思います。まずそれが何であるのかを、一呼吸置いて考えてみることをオススメします。

例えば、柔らかい光に照らされている葉っぱの緑色が好きだとか、暗い部屋に差し込む細い光の線に美しさを感じたとか、建物の曲線が美しくて素敵だと思ったとか、そういった言語化によってポイントを抽出することが重要です。

何故かと言うと、自分が心動かされたポイントを認識しておくことで、それを表現するために露出や構図をどうするかといったテクニカルで具体的な部分に落とし込むことが出来るからです。

心動かされたポイントを考えずに闇雲にシャッターを切ると、当てずっぽうに構図や露出を変えてみたものの、結局ピンと来る写真が無かったという結果になりやすいです。ある程度の「表現したいポイント」を明確にして、それを実現するための露出や構図を考えるという流れにしたほうが、納得できる写真を撮りやすいです。

もちろん、写真というのは言語化出来ないものを表現するツールであることは承知しています。言語化というのは、いわば情報を無理やり区切って抽象化することなので、表現できない情報や抜け落ちる情報が生まれます。

写真に慣れてくると、言語化をせずとも表現したいものをダイレクトに写真に変換出来るのかもしれませんが、はじめのうちはなかなか難しいです。そのため、最初は言語化を意識していくことをオススメしたいです。

「あそこの曲線のぐわーんって感じと、ふわっとした白い部分が好き」といったような他の人に伝わらない言葉であっても、自分が分かるように言語化されていれば、それだけで納得できる写真を撮りやすくなると思います。

とにかく数を撮る

「量は質を生む」というのは本当であると思います。撮った写真を見返すということを反復していくと、自分がどのような写真を良いと感じ、どのような写真を良くないと感じるか分かるようになってきます。これは上にも書いた「心動かされるポイントを明確にする」ということにも通じることであり重要です。

もう一つの理由としては、撮影時に撮った写真は小さなビューファインダーで確認することしか出来ません。そのため、家に帰ってパソコンで見てみると変なゴミが入っていたり、構図に違和感があったり、露出が間違っていたりということが多々発生するからです。

デジタルカメラであれば撮影するために必要な費用はほぼゼロなので、とにかく数を撮ることが重要です。ちょっとでも目を引くものがあれば、とりあえず被写体にして撮ってみるというのが良いと思うのです。

家に帰って見てみると、なにげなく撮った写真が意外に良い!ということは非常によく発生します。写真を上達するためにも、そして良い写真を撮るためにも、たくさんアウトプットしていくことが重要だと最近思うようになりました。

一人で行動する

写真を撮る際に一人で行動するというのは、僕は重要だと思います。

その理由の1つ目は、現地の人と会話がしやすいからです。複数人で行動していると向こうも話しかけにくいし、自分が話したいこと・聞きたいことが会話できないことがあるのです。

人を撮るときに会話をするということは重要です。その人が何故ここにいるのか、どのような気持ちでいるのかを理解し、相手との心理的距離を縮めないと自然な表情を引き出せないからです。

理由の2つ目は、気になるものに十分に向き合えないリスクがあるからです。知らない場所を歩いていると「なんだこれ?」と思うようなものに出会うことは多くあります。しかし、誰かと一緒にいると気を使ってしまうがゆえに、立ち止まらずにそのまま去ってしまいがちです。

自分が心動かされたポイントを見送ってしまうのは非常にもったいないです。一人でいるときでさえ、立ち止まるのが面倒で写真を撮ることをせず後になって後悔するということが発生します。ましてや、知り合いなどと一緒にいると頻繁に発生します。だから一人であることが大切なのです。

気になるものがあった時に、ひとりで想像を膨らませたり考えごとをすることで表現の幅が広がります。そういった点でも、複数人だと会話という外部に対するコミュニケーションが生まれてしまい、気が散ってしまいます。

絵を描く時は黙ってひとりで行うように、写真も黙ってひとりで考えごとをすることが大切なのです。

最後に

果たして人の心を動かす写真を撮るには高性能なカメラが必要なのでしょうか?僕はNOであると思っています。理由は2つあります。

まず1つ目は、Photoshopをなどのレタッチソフトで自然な処理を行えるようになってきているからです。これらのソフトは年々新しいテクノロジーによってアップデートされており、最近だと機械学習を利用していい感じに仕上げてくれる機能が実装されているものもあります。

もちろん、レタッチソフトにも限界はありますが、表現の幅は非常に広くなっているので機材による差というのが縮んできているというのが現状です。

2つ目は、写真の解像度など「写りの良さ」に関しては、ある程度のラインを超えると人の心を動かすことに関係なくなってくるからです。どういうことかと言うと、最高の機材で撮った写真を見て「キレイな写真だなー」と思うことはあっても、心が動くかどうかは別問題なのです。

むしろ、プロの世界ではアナログ写真を利用している人も多く、デジタルに比べてぼやっとしていて不鮮明にも関わらず良い写真を撮る人がたくさんいます。

それは何故かと言うと、そのぼやっとして不鮮明なことによる良さを表現として取り入れているからなのです。要は道具は使いようなので、最高級の機材を素人に渡しても大した写真が撮れない一方で、「写ルンです」をプロに渡して良い写真が出来ることが普通にあるのです。(実際、僕は「写ルンです」を好んで使う写真家を知っています)

そのため、僕は機材の差による言い訳はしないようにしたいと思っています。機材はお金を出せば簡単に手に入りますが、写真を撮るスキルというのはコツコツ積み重ねていかなければいけません。もっともっと上手くなって、いずれは機材を複数揃えて撮影に行きたいものです。

 




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